去年の夏休みの事、高校2年の妹にせがまれて妹の友達二人を叔父さんの所有する海が目の前の別荘へ保護者役を兼ねて2泊3日の予定で連れて行く事になった。
叔父さん曰く『掃除をしてくれるなら自由に使ってもいいぞ』と、管理会社に管理費を払うのをケチる為に丁度良かったとばかりに、そんな事を言って来たが、タダで貸してくれるなら掃除ぐらいと妹も承諾した。
去年の夏休みの事、高校2年の妹にせがまれて妹の友達二人を叔父さんの所有する海が目の前の別荘へ保護者役を兼ねて2泊3日の予定で連れて行く事になった。
叔父さん曰く『掃除をしてくれるなら自由に使ってもいいぞ』と、管理会社に管理費を払うのをケチる為に丁度良かったとばかりに、そんな事を言って来たが、タダで貸してくれるなら掃除ぐらいと妹も承諾した。
美咲さんとのセックスは、健吾さん公認になった。と言うよりも、健吾さんが同席する形でのセックスが当たり前になってしまった。優子の出産まであと少しだが、健吾さんまで毎日ウチに来るようになった。
今日も美咲さんと健吾さんとあっくんと食事をし、あっくんと遊んだ。無邪気に楽しそうにオモチャで遊ぶ姿を見て、可愛いと思う。以前は、それほど思わなかったことだ。優子が妊娠して出産間際になると、俺の気持ちも驚くほど変化が起きた。
ドンキで買ったペーパーヨーヨーで遊び始めると、目を輝かせながら楽しそうに遊んでくれる。こんな単純なオモチャでも、子供にとっては最高に楽しいみたいだ。
最初は上手く伸ばせなかったが、次第にスナップを効かせて長く伸ばせるようになる。
「懐かしいね。こんなのどこに売ってたの?」
健吾さんが、懐かしそうな顔で聞く。ドンキだと伝えると、
「なんでも売ってるんだ。なんか、コスプレとか大人のオモチャも売ってるもんね」
健吾さんはそんな事を言う。
「フフ、けっこう買ってるよね。健吾ドヘンタイだから」
「ちょっ、なに言ってんの」
慌てる健吾さん。
「じゃあ、先に入らせてもらうよ」
夫はそう言って、浴室に向かいました。長風呂の夫は、私の後でお風呂に入ることが多いのですが、今日は疲れているそうで、早く寝たいと言って先に入ることになりました。
私は、キッチンで夕食の後片付けをしています。すると、後ろから息子のユウキが私に抱きついてきました。
「母さん、いまのうちだよ。声出しちゃダメだからね」
ユウキは、荒い呼吸をしながら私の部屋着のショートパンツに手をかけて引きずり降ろそうとします。
「兄貴、これどう?似合う?」
「むおっ!」
外の猛暑に外出する気にならず部屋でエアコンつけて涼んでいたら水着姿の妹が入ってきた。
「明日、彼氏と海に行くんだけど… どう?この新しい水着」
こいつ何て身体してやがるんだ… こんなんだったっけか?
息子が希望の高校の入試に合格して、お祝いに東京の遊園地に出かけた時のことです。
昼前について大はしゃぎで遊び、ホテルにチェックインして、夕食を済ませて、お風呂に入りました。
その後はベッドにゆったり、楽しい一日でぐっすり眠れる感じ、久しぶりに落ち着ける時が来た様で。
勃起した一物を姉の手に握らせるという遊びを考えて、
居間で眠っている姉に手コキさせたりしていましたが、姉はいつも居間で寝るわけではないので、
遊べるときが限られていたのが不満でした。
そこで、夜中に姉の部屋に侵入して、いたづらしようと思いついたのです。
息子が高校受験した年、夫が海外転勤となりました。
中学の時は、野球一筋で高校でも続けるんだと思っていました。
それが第一希望の高校に落ちてしまい、私立の高校へ進学する事になったんですが、ちょっと悪い噂も聞こえる高校で、心配していたんです。
母が僕の寮にやって来た。
僕はある私立高校の寮に入って学校に通っているのです。
小さい頃から病弱だったから、母はそんな僕が不憫だったらしく、何でも言う事は大抵の事は聞いてくれてました。
その時も腹の具合が悪く、2日も授業を休んでいたので、寮長が家に電話したらしく、突然母が来たのです。
薬を飲んで随分良くなっていたので、「少し体力をつけよう」と言う母の言葉で、許可を貰って外に出ました。
国道沿いのファミレスで食事し、母の運転で少しドライブする事になったのです。
妻は無事に男の子を産んでくれた。
正直言って子供は苦手だが、自分の子供となるとこんなに可愛いものは無い。
妻は「まずは1人目。3人は欲しいから、これからもしっかり、その、毎晩可愛がってくださいね。」とうつむき加減に頬を染めて言った。
嫁の目を盗み、義母とセックスしています。嫁とは同じ会社ですが、出勤シフトが2パターンで、主に派遣やパート・アルバイトの専門職系はA番8時~勤務(嫁がこれに当たります)私は総合職で9時半~B番勤務がメインです。
康太のズボンの上から、そのいきり立ったペニスを触る白い指。康太はまだ一年で、思春期の扉を開けたばかりの彼は、やっと毛も生えそろってきたというところだった。
そんな康太のペニスを優しく触りながら、
『最近してないでしょ? また、ためちゃわない?』
と、優しい笑みを浮かべながら聞いてくるのは、康太の母親だ。肩より少し長い髪で、童顔の彼女はまだ若々しく、女子大生の中に混じっても違和感がない感じだ。
いくら早くに康太を産んで、それほど歳がいっているわけではないにしても、異常なほど若々しい。
彼女は、いつものピンク色のエプロンの下に、薄い紫の縦に織り目の入った長袖のセーターを着ている。普通の主婦の格好だが、童顔の彼女がしていると、料理教室に通うOLのように見えてしまう。
そして、康太を母乳で育てた事で妊娠前よりも大きく育った胸は、エプロンの上からでもはっきりと存在を主張している。
そんな彼女が、椅子に座る康太の前で床にひざまずき、優しくズボンの上からペニスを撫でながらそんな事を聞くのは、恐ろしく背徳的で淫靡なモノに聞こえる。
俺は高3になったが、周りの友人達が自分の母親に反抗して口も聞かなかったり、くそババアとか言ったりするのを、いつも不思議に思っていた。
俺はストレートに言うと、母親のことが大好きで、いまだに土日は一緒にショッピングや映画や遊園地に行くし、肩を揉んだり、マッサージをしてあげたりするのは日課だ。
掃除や家事も好んで手伝ったりする。
完全にマザコンだと言われるが、実はそうではなく、明確な恋愛感情を持っている。
もちろん、そんな事は誰にも言えないので、胸にしまっているが、遊園地なんかで手をつないで歩いている時は、恋人気分だ。
母親の美佐恵は、35歳で19歳の時に俺を産んだ。
当時サラリーマンの親父(26歳)と、まだ大学生の母親との、いわゆる出来ちゃった婚で、当時は相当親族の風当たりが強かったらしい。
しかし、それをバネにしたのか親父はどんどん出世して、時流にも乗っていわゆるセレブと呼ばれるくらいの生活水準になった。
その頃には、親族も逆に歓迎ムードになっていて、俺は初孫として愛情をたっぷり受けながら育った。
親父が仕事で外国と日本で半分半分みたいな生活だったのが、唯一寂しいことだったが、それ以上に母親がたっぷりと、溺愛と言ってもいいくらい愛情を注いでくれたので、ぐれることもなく育った。
「ダメです、颯真がいるから、明日のお昼に……」
母の焦った声が聞こえる。
「声出さなきゃいいだろ? それに、部活で疲れて寝てるんだから、わかりゃしねぇ!」
直人さんの声も響く。直人さんは、5年前に事故で死んだ親父のいとこのだ。
「ダ、ダメ……起きちゃう」
母は、苦しげな声だ。リビングに仕掛けた隠しマイクは、二人の声を鮮明に拾っている。
「ねーちゃん、味薄すぎるって!」
僕は、姉の作った夕ご飯を食べて、なにか入れ忘れてるのかな? と思った。
『え? そう? じゃあ、ソースでも入れたら?』
姉は、スマホをいじりながらそんな事を言う。姉はこの薄味の夕ご飯を、スマホを見ながらパクパクと食べ続けている。料理を作るのも下手だけど、味覚音痴でもある姉は、こんな病院の食事みたいな夕食でも平気で食べ続けている。
僕には、年の離れた姉が2人います。一番上が26歳の専業主婦で、名前はまさみ、僕はまさみ姉(ねえ)と呼んでいます。真ん中が22歳のナースで、名前はエリカ、エリカちゃんと呼んでいます。
母親が早くに亡くなったので、2人が僕の母親のようなものです。2人とも優しいお姉さんですが、エリカちゃんはヤンキーだったのでちょっと怖い時もあります。まさみ姉は、本当に優しくて怒られた記憶がないです。
死ぬほど恥かしいことがあって義父と関係を持ち、今では義父の虜になっています。
人には言えないことですが、誰かに言いたくて投稿します。
私は30歳の専業主婦で2歳の娘がいます。同居では無いのですが、主人の親の敷地内に家を建て住んでいます。
去年、僕の家の周辺地区で集中豪雨災害がありました。
あれから4ヶ月たっても、近所の人や、友達は雨が降るたびに、その時のことを思い出して怖くなるそうです。
僕の家も1階全部が冠水しました。
その日から2ヶ月近く2階で暮らしたぐらい被害を受けました。
私の姉夫婦は実家の近くのアパートに住んでるんだけど、うちの父は単身赴任で週末だけ家に帰る感じ、母は祖父宅によく介護に泊り込むので、実質私一人で家にいる時間が凄く長い。