僕が大学に入って2年目だったから、もう二十歳は過ぎてました。
友人と旅行に出かけ、案内所で紹介された温泉宿に泊まったときでした。
安い宿だったので食事は食堂でということでした。
食事のとき友人は調子づいてビールと酒を飲んでへべれけになってしまい、部屋まで肩を貸して帰る始末でした。
カテゴリー別アーカイブ: 年上女性との体験談
叔母の家に居候し叔母とのSEXに明け暮れた4年間
学生の頃、叔母の家に居候し4年間、叔母とのSEXに明け暮れた。
叔母は未亡人で当時50代半ば、優しくて色っぽい女だった。俺は叔母の豊満な胸や丸みを帯びたお尻を眼に焼きつけオナニーをした。「叔母さんとSEXしたい。」という思いが日に日に強くなっていった。
童顔の母は、10歳サバ読みのデリヘル嬢だった
僕の母さんは、人妻専門のデリヘルで働いています。
自分の小遣い欲しさに働いている為、父さんも姉さんもこの事は知りません。
故に仕事も平日の昼間だけです。
源氏名は恭子。
年齢は45歳なのに、35歳と10歳も歳を偽っています。
義母も俺も嫁がいないのをいいことに、夢中で愛し合った
俺達夫婦に、間もなく初めての子供が生まれるという時の事。
2~3日前から妻の母も来てくれて出産の準備を済ませた。
予定日に診察を受けに行くと、そのまま入院という事になった。
夕食も風呂も済ませテレビを見てると、風呂から上がった義母が
「今夜は、前祝いの 【 カンパイ 】 しよっか」
友達の家に遊びに行って、お母さんの美魔女ぶりに驚いていると
大学に入って仲良くなった友人がいます。
そいつの家に初めてお邪魔したのは夏休み直前の試験前でした。
リビングで会ったお母さんを見て吃驚。
お母さんとは思えないぐらい若くて美人で、まさに最近TVで見る美魔女ってヤツ。
年齢は39歳で子供は2人。
国語の授業中に寝たことで、国語教師(女)に朝まで犯された
中学の時 家が貧乏だったので 朝と夕方の新聞配達してました。
中学生は朝刊と夕刊のアルバイトは禁止らしく 別々の販売店でバイトしてたんですが当然授業中は眠い日もあり ある日国語の時間に寝てしまいました。
グラドル似の兄貴の彼女とクリスマスにエッチ出来たw
オレには2つ年上の兄がいて、別にべったりくっついてるわけでもなければ、嫌いあってるわけでもない。
まあ、どこにでもいる普通の兄弟だ。
兄は小顔で河相我聞を少し切れ目にして口を小さくした感じ。
中高と体操をやっていたので体も引き締まっておりよくもてるタイプだった。
バイト先のバツイチ子持ちに童貞を卒業させてもらった
初体験は21の時。まだ大学生だった。相手はアルバイト先の事務員で、杏子さんと言った。
彼女は当時、30代後半、バツイチで一人の子持ちだった。飲み会の後、酒に酔った勢いで、と言うか酒で思考が緩くなり、流れに任せ、彼女の半ば強引な誘いに乗ってしまったわけだ。ただ俺自身、彼女は魅力的な女性だなってずっと思っていた。
恋愛感情ってのとは違うとは思うが、最初に会った時から、ある種の憧れみたいなのはあった。
アパートの隣のバツイチ熟女を助けたら、濃厚な恩返しが待っていた
19歳の時、アパートに住んでいた。
隣人は、バツイチ子持ちの三十路熟女が住んでいた。
名前はアケミ。
当時学生だったオレが夏休みで部屋でゴロゴロしてると、激しく玄関を叩く音と子供の泣き叫ぶ声が。
急いで玄関を開けると隣の子供が真っ青な顔して、「お母さんが倒れた!助けてお兄ちゃん!」と泣きながら訴えてきた。
隣の部屋に見に行くとアケミが台所で倒れていた。
とりあえず救急車を呼び、病院に子供を連れて同伴した。
子供に他に知り合いがいないか聞いたが「知らない」と言われ、仕方なしに先生の話を聞かされた。
姉は男性経験がなく、俺が身体を張って練習相手になった
少し前に1つ年上の姉とやってしまった。
去年までは俺と姉は普通の兄弟だと思っていたんだが、高校卒業した時に、実は普通の兄弟ではないという事を両親から告白された。
その時の両親の話によると、姉は両親の知人の娘だったのだが、訳があって赤ん坊の頃に我が家に引き取られた。
つまり、姉は我が家の誰とも血が繋がっていない。
パチンコ屋のエロい常連熟女は、友人の母親だった
地元のパチンコ屋に良くいくんだが、そのパチンコ店で良く見かける常連の熟女がいた。
そのパチンコ大好きの熟女はセクシーで、いつも胸元があいた洋服を着ていて胸チラしているので、おっぱいの谷間を拝ませてもらっていた。それに、細身で髪は長くて美熟女系だったので興味があった。
寝てる俺のすぐ近くでまだ若い叔母さんと叔父がエッチを始めた
中学3年の春、土曜日だった。叔父(母の弟)のうちに遊びにいった。
遠方であり、叔父の家にはめったに行けない。叔父は、おれを幼い頃からかわいがってくれた。それに、美人と評判の、まだ20代の叔母にも会いたかった。その日は叔父と、昔みたいにキャッチボールやサッカーで遊んだ。叔父もスポーツが好きだ。
寮に住む僕の元に母が来て、欲しいものはないか聞いたので正直に言ったみたら
母が僕の寮にやって来た。
僕はある私立高校の寮に入って学校に通っているのです。
小さい頃から病弱だったから、母はそんな僕が不憫だったらしく、何でも言う事は大抵の事は聞いてくれてました。
その時も腹の具合が悪く、2日も授業を休んでいたので、寮長が家に電話したらしく、突然母が来たのです。
薬を飲んで随分良くなっていたので、「少し体力をつけよう」と言う母の言葉で、許可を貰って外に出ました。
国道沿いのファミレスで食事し、母の運転で少しドライブする事になったのです。
狂った女教師は、すぐに男子を裸にしました
私が小学校5年生の時、男子が何かやらかすと必ず罰として裸にさせる女の先生(40代位)がいました。
その先生は私たちの担任で、今思うと強い女尊男卑思想の持ち主だったのかもしれません。
ある日、遅刻をして来た男女1名ずつがいて、女子の方は一時間目の授業中に教室の後ろに立たされましたが、男子の方はと言うと、なんと「パンツ一丁で教室の前に立ちなさい」と言われたのです。
当然男子は抗議しましたが、「男と女が同じ扱いな訳ないでしょう!」と一喝されてしまいました。
学校という場所で先生は絶対的な存在です、生徒である私たちが逆らえる訳がありません。
美容師の組合の旅行で、熟女達に廻された19の僕
昔の話。
まだ19だった美容師見習いの頃、自分が勤めていた美容院が加盟していた組合の旅行があった。
旅行先は九州の温泉地で、大型バス一台の40人程の旅行で、自分の店のスタッフ以外ほとんど面識の無い他店の方々でした。
小学生の頃、隣の家に預けられて、高校生のお姉ちゃんに導かれた
小六の時、お隣のお姉ちゃん(高校生くらいだったはず)の家に預けられた。
よく覚えてないが、何か用事で遅くなるからだったかな。
お姉ちゃんの親は母親しかおらず、しかも仕事で家に帰るのはいつも10時くらいだった。
失恋の痛手を俺とのセックスで癒やそうとした凄く美人な先輩
1コ年上で高校時から他の人より大人びていた。身長も160ちょっとくらいあって、スレンダーなスタイル。顔立ちもはっきりしていて、モデルっぽい雰囲気もだしていた。
それでいて、飾らない性格で、よく笑い、ノリも良いため、男子にはもちろん、後輩女子からの人気も結構高かったのを覚えている。
俺との関係は、仲良くさせてもらってた先輩の友達でもあったので、その先輩を経由してではあったが、わりとよく遊んだりして仲もそこそこ良かった。
アパートの隣のおばさんはあっさりと童貞をもらってくれた
私が高専を卒業して就職、初めての配置先は故郷の県庁所在地を遠く離れた人口10万人の田舎の中心都市でした。
そこで借りたアパートのお隣さんが、淑子さんというおばさんでした。
当時私は20歳、当時54歳の淑子さんは母よりも7歳年上で、池波志乃さんに似た妖艶なおばさんでした。