皮膚が弱い体質の僕は、小さい頃からアトピー皮膚炎や湿疹などに悩まされ、皮膚科によく通院していました。
そんな僕も中1になり、皮膚炎になることもなくなり快適な生活を送っていたのですが、ある朝起きると下腹部に湿疹ができており、寝ながら無意識に掻いたのか、赤く炎症を起こしていました。
その湿疹はものすごく痒くて、日を追う毎に患部は広がり、太ももの付け根からお腹の下辺りまでが赤くなり、おちんちんも例外なく発疹ができていました。
あまりの痒さに、血が出るくらいまで掻き毟ってしまうのですが、出来た場所が恥ずかしくて病院にも行けず、親にも黙っていました。
カテゴリー別アーカイブ: 年上女性との体験談
コンビニ店長の私と、若い妻と義母
まずは登場人物紹介から
私(幸一 35歳)ある田舎のコンビニの店長。今回の結婚は実は2回目。
妻(杏里 19歳)高校1年のときから、私のコンビニでバイト。高校2年から、付き合うようになり、高校卒業と同時に私と結婚。今月で結婚1年半。母親譲りのナイスバディで、高校1年ですでにCカップ。今では、一気に成長し、95センチのGカップ。
出来婚して退社した女上司から久しぶりに電話が来た
昔の職場の知人の女性から10年ぶりに電話が来た。
その女性は2個上の先輩で当時24歳。
とても綺麗な人だったが、その時の同じ職場の上司とできちゃった結婚をして、退職してしまった。
姉の下着はいてたらエッチまで行ってしまった
姉貴のショーツを履く生活になって1年弱。
それに姉貴とセックスするようになって半年以上。
姉貴と俺は都内の某マンションで共同生活(性活?)してる。
実家は九州の田舎だ。
俺は23歳。姉貴27歳。どっちもカレシ、カノジョなし。
夢精を処理しようとしたら父の後家がオナってた
ぼくは、下半身に違和感を感じて目が覚めた。
もう七時を回っているじゃないか。
ぼくは、階下に下りて行った。
風呂場の横の洗濯機の置いてあるスレートで囲った場所に汚した下着をこっそり持っていくつもりだったんだ。
その公園のトイレには、露出変態おばさんが出るという
「嫌って言いながらぐちゃぐちゃになってんじゃん!」
そう耳元に話かけながら、僕は手で露出オバサンのアソコを弄ぶ。
「嫌っ!ダメっ!やめ・・・嫌っ!」
声はだんだんと小さくなり、それと反比例して喘ぎ声が大きくなる。
アソコからは液が溢れて僕の手を汚している。
嫁が旅行にいって、義母と二人きり……マッサージをせがまれた私は
同居している義母とHな関係になりました。
私は28歳のサラリーマンです。妻は25歳で、社内恋愛で昨年の3月に結婚しました。
義母は47歳ですが、見た目は40くらいです。同居するまでは、義母は同じ市内の一戸建て、私たち夫婦はアパートに暮らしていました。
今年1月に義父が交通事故で亡くなったので、私たち夫婦が一戸建ての方に移ることになりました。
義父は私にすごく親切にしてくれていたので、亡くなったのはすごくショックでしたが、初めて会ったときから憧れていた義母と同居することになり、嬉しくなりました。
叔母の下着でオナってた俺に起きた幸運
「あ~、またやっちまった」
俺は何時も終わった後にそう思っている。
今はこんなことしている場合じゃないのに・・・。
一浪して今年こそはと思っているのだが、ベランダには叔母の下着が干され、叔母の目を盗んでは、そっとその下着で一物を包み日に3回のペースで自慰にふけっていた。
包茎手術で抜糸までの間、エロナース達の消毒は地獄で天国だった
その当時俺はひどい包茎(真正)に悩まされており、悩んだあげく、ある日覚悟を決めて病院で治療を受けることになった。
地元の病院でする手もあったのだが、なにぶん治療をする“部分”が部分なだけに、地元は避けて都市のクリニックでお世話になることにした。
病院はとあるビルの一室にある本当に小さなクリニックだった。
中に入ると受け付け嬢兼看護婦2人が出迎えてくれた。
まず病状を聞かれ、次に手術の説明をされて誓約書にサインすることとなった。
出張で連泊したら、ホテルの屋上に住むおばちゃんに下の世話までしてもらったw
九州の大都市に長期出張してた時の話。
その頃はめちゃくちゃ多忙を極め、連日連夜、深夜帰宅の毎日だった。
ついに手詰まりの状況となり、工場の現場サイドとの直談判。それが残された最後の手段。
進捗状況をチェックする為、現場に張り付く事に。
家出した僕を拾ったおねえさんとのおとぎ話とその後
家出した理由はそれなりに家庭の事情だった
両親不仲で毎日喧嘩してて嫌になって家飛び出した
十五歳だった
バイト先のあっちゃんに、丁寧に筆おろししてもらった
昨日、バイト先の先輩たちのお別れパーティーがありました。
パーティーが終わって、酔っぱらったので家に帰ろうとしていたら、敦子先輩に呼び止められました。
敦子先輩は三歳年上で、かわいいし、胸も大きいし、お尻の形もかわいいし・・・バイトを始めてすぐから憧れの人片思いの人で・・・いつもオカズにしてシコッていました。
伝言ダイヤルで37歳のおばさんに逆レイプされた
俺が21歳の時に、自称37歳のおばさんに逆レイプされたのは良い思い出。
当時NTTがやってた伝言ダイヤルって奴で引っ掛けた(引っ掛かった)んだ。
俺は21歳の学生で、『年上でも年下でもエッチな人募集』って感じで伝言入れた。
週に1人くらいは釣れる。
ナンパするよりお手軽だったんだな。
相手の容姿がわからんからギャンブルではあるんだが、そのスリルが堪らんってのもあった。
メチャきれいな隣の奧さんにメチャ頑張ってみたらやれた
隣の奥さんはとってもきれい、俺の母と比べると、比べるのが失礼なくらいきれいな人です。
引越ししてきて数ヶ月、一目見たときからトキメキを覚え、やりたいと思いました。
大学に行くときに玄関先で会うのがとても楽しみでした。というのも、ノーブラの胸チラが拝める時があるから。
子供がまだ小さい専業主婦だと思います。奥さんのことを思いながら何度センズリこいたか。
こんなオバサンの下着見ても嬉しくないでしょ?
僕は23歳で年下の妻と暮らしています。
ですが1年前から、電気工事の仕事で訪問した一人暮らしの55歳の熟女と関係しています。
彼女の旦那は単身赴任中で、息子は仕事の都合で他県に住んでいるそうです。
初訪問時、仕事が片付いてお茶を頂いてる時のことです。
部屋にピンクのパンティーとブラが干してありました。
僕がその下着を見ていると・・・。
美術教師がパンツを脱いでまたがってきた理由は
高一の時の話。
ウチの高校は美術と音楽が選択できて、俺は絵が得意だったから美術を選んだ。
そこで出会ったのが、有紀先生だった。
有紀先生は29歳のスレンダー美人。胸は小さめ(BかCかな?)くらい。
家庭教師先を決めたのは、妖艶で可愛らしいお母さんの存在でした
大学4年の時、暇過ぎて家庭教師のバイトを始めた。
教えてたのは中学2年生の男の子で、これがまたデキの悪い子だった。
大学にあった家庭教師募集の貼り紙を見て電話したんだけど、決め手はお母さんの美人さだった。
マジで美人で、息子が言うには33歳って言ってた。
でもどう見ても20代半ばって見た目で、なんつーか妖艶さと可愛らしさが混同した印象だった。
目が覚めると母がフェラの最中だった
それは、偶然の出来事でした。
両親は共働きなので、いつも学校から帰ると、たいていは一人でした。
一人で遊ぶことが好きだった私は、テレビを見たり、自分の部屋でプラモデルとかを黙々と作るのが好きだった内向的な子供でした。
当時、中学生ぐらいだったと思います。ある時、ふと好奇心から、両親の寝室に入ってみました。